芸術の書(C.チェンニーニ)

ルネサンス芸術の揺籃の地、フィレンツェの国立美術学院の門を、期待に胸を膨らませてくぐった私でしたが、絵画科の8人いた教授の中には、私が学びたかった中世・ルネサンスの絵画技法を教える教授はいませんでした。

それを勉強するには選択科目である"修復"と"絵画技術"を受講するしかなかった。しかも論理だけです。(修復についてはまた別の機会に述べたいと思います。)

"絵画技術"という科目はチェンニーノ・チェンニーニ(Cennino di Andrea Cennini 1370-1427) が残した絵画技法書(il Libro dell'Arte)を原語版で読み解く授業でした。


「 輪舞 」  0F(14x18cm)  岩・泥絵の具と金箔

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イタリアでは、ジョットといえば、それまでの絵画の歴史を転換させた巨匠、いや神様のような存在です。絵画の中に人間を蘇らせたという点で、ルネサンスは彼から始まっているのです。

そのジョットの技法を正統に受け継ぎ、書き残したこの書はイタリア中世からルネサンスの絵画技術を研究する上でなくてはならないものなのです。

これは日本語にも訳されています。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784805512241



そして更に絵画技法書としてより分かりやすく訳された改訂版も出ています。

http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%B5%E7%94%BB%E8%A1%93%E3%81%AE%E6%9B%B8-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%8E-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%8B/dp/4000003372



中村訳はフランス語から訳されているので、顔料の 名前がイタリア語のどれに当たるのかわかりにくいという欠点がありますが、この格調高い文調に惹きつけられます。

では少し内容をご紹介すると、まず冒頭はこんな感じです。

畏みて神、聖母マリア、聖ユスタシュ、聖フランソア、聖ジャンバティスト、聖アントアンヌ・ド・パドー及び神の使いなるすべての聖徒、聖女のために、畏みてジォット、タッデオ及びチェンニーノの師アニオロのために、また芸術に到達せんとする人々の有用、利益、徳用のために、ここにチェンニーノ・ダ・コールによりて作られし技術の書は始まる。


第1章…

二  如何にして或るものは高き精神に導かれて芸術にのぼり、他のものは利益の野望のなかにあるか。


すごいですね。。

それから、デッサンの仕方、テンペラ・フレスコ技法、レリーフ・飾りの作り方等々、顔料、箔、糊、膠などの材料の説明・用法、ありとあらゆるものが続きます。デッサンに使う木炭の作り方なんかもあります。

面白いものではこういうものもあります。

第6章

一八〇  なぜ、化粧水を控えた方がよいか。


若い女性、特にトスカナの女性に、彼女達が美しくなろうと夢中になっている顔料や化学の水(化粧水)の正体を語ることは、彼女たちに大いに役立つこととなろう。


なるほど、私もこれから化学の水と呼ぶことにしよう。(笑)


ここに書き現わされている技法もさることながら、その精神性の深さにも驚きます。

テンペラ画を勉強されている方には特に必読の書です。